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長い感想

100文字では足りなかった時に

キャッチ―な美術展に行ってきた

ゲージュツ

六本木に所用があったついでに、気になってたサントリー美術館若冲と蕪村展に行ってきた。若冲は人気があるね。展覧会開始直後の週末だってのもあるだろうけど、中途半端な時間に行った割にはどの絵の前も人だかりになっていた。

若冲はブームのおかげもあって見られる機会も多かったので、象と鯨の屏風などはじめ見たことあるぞーってのも多かったのだが、蕪村は、脱力したおもろい絵を描くおっちゃん、ぐらいだった認識が良い意味で変わった。蕪村についての収穫が多かった展覧会であった。

ひとつには、今、ちまちまと読んでいる本が正岡子規についての関川夏央の本だということもあって、蕪村について思いを馳せる機会が割とあったこともある。タイミング大切。平成も27年も過ぎて、21世紀になってから15年も経つというのにどんなタイミングやねんというのはあるが。

 

で、面白かったのは、蕪村と若冲は「単に同い年」というだけのことらしい。面白い展覧会である。同時代の別の絵師の展示や、ご丁寧に「京都でふたりはご近所だった」なんて図版まであったが、お互いの絵に賛を入れた形跡もないぐらいの仲のようだ。なんだよそれ。それでよく展示会に仕立てたな。さすが若冲人気ある。蕪村は言わずもがなだけども。

それで、絵についての共通点は、思っていた以上になかった。もちろん同時代人なので「時代の空気」のようなものはあるのだが、おそらく性格は180度違うな蕪村と若冲。仲は悪くないけど正反対の性格、みたいな感じだ。

野球でいうと、若冲は広島の前田智徳、蕪村はゴジラ松井というか。二人とも仲悪いわけでもないけど、一緒の席に座らせたら話題がなさそういうか。若冲の絵は「ここにしかありえない」という線であり構図であり、繊細なわけではないけれど絶対性を求めているような雰囲気を感じるが、蕪村は、求道的というよりももうちょっと豪快だし器用だ。いや器用ということはないな、なんでもやれちゃう力技で、という感じというか。子規が蕪村好きだっての分かる気がすごくした。あの人いい人だ。どっちと友達になりたいかと考えたら断然蕪村だな私は。
絵の好みは若冲の方が好きだけど(何しろ若冲はすごく現代的なセンスの持ち主である。今のマンションの部屋のインテリアにしても何の違和感もないぐらい)、二人のどちらかと友達になれる、さあどっち?と言われたら蕪村。

蕪村くんと同じクラスになって、隣の席になって、授業中、ノートの隅っこで落書きのしあいっこをしたい。蕪村くん、ちょうかわいい絵ののパラパラまんがとか書いてくれそう。で、蕪村くんはこういうギャグい、かわいい系の絵ばっかり描くのかと思ったら、ある日貸した辞書の白いページ(あるでしょ後ろの方に余ってる風の白いページ)に、超劇画タッチ・激上手い英語の先生の似顔絵とかをお礼に書いてくれたりしそうだ。

と想像しながら電車に乗ってたら、そのものズバリの同級生がいたなーと思いだした。同級生の「かがくん」だ。かがくんは、音楽の教科書の余白に、ものすごく劇画タッチに上手い、ヒステリーばばあな音楽教師の絵を描いてくれた。今は小学生の先生をやっている。きっと授業中の板書でものすごくかわいい絵とか、妙に劇画タッチの絵とか書いて生徒に微妙な距離感を取られているんじゃないかと思う。