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長い感想

100文字では足りなかった時に

新・国立競技場の話、あるいはスポーツがビジネスに目を付けられてからおよそ30年が過ぎて

長すぎるブクマ的なもの その他スポーツ

新国立競技場って、なんか、新、が付くと、あの国立とイメージがかなり変わるね。なんか初台のオペラハウスとか六本木の美術館とかを思い出したり。

 

新国立競技場の建設に関して、色んな報道が出てきていてドキドキしている。そもそもコンペの時から私はザハ案が生理的に受け付けなかったというのもあるんだけど、建築エコノミスト 森山のブログ 森山高至さんがブログで分析しておられる通り、色々ヤバいよねということで、何とかひっくりかえらないかなぁと思っていた。

 

まだ選考前、建築関係の仕事している友人と新国立のコンペ最終選考を眺めてた時、友人は「なんか建たなそうなのがいくつかあるねぇ」と言っていた。素人の私はSANAAの案(地面にもぐってるやつね)とか田根さん案(古墳のやつね)とかは、こりゃ無理でしょーなんて思ってたが、ザハ案が多分一番実現性が低そうだと友人は言った。スケールがおかしい、この梁、普通の梁じゃなさそう、と、森山さんのご指摘とほぼ同じようなことを言っていたので、多分、まともな建築家ならある程度直感的に、これは無理だと思うようなものでもあったようだ。また、仕事上の知人である建築士も最終選考後に「あのゴキブリみたいなやつねー、あれ多分建たないよねー(原文ママ)」と、飲み会の席で言っていたので、この辺は経験に裏付けられた直感なんだろう。あと某設計会社*1に勤めている知人がこの1年過労で死にかけている。その人は新国立の仕事をしているわけではないのでここに出すのはフェアではない*2が、元々東京が今建て替え開発ラッシュなところに加えて、新国立で人を取られて現場が大混乱とかそういう感じになっているらしい。

 

でね。

安藤忠雄だけが悪いのかという話である。安藤先生はもちろんコンペの責任者であるので、どうなんだこれよぉ、と言われても仕方がないとは思うのだが、そもそも、安藤先生にそういう仕事させちゃいかん人選間違ったろ、とか。あと、人間年を取ると天才であっても誰でも色々鈍くなるし頑迷になるしというのも、あるのかもしれないけどその辺は分からない。

でもまぁ、天才だからこそ、ヒューマンエラーというか、おやこれ違うなと思ったら戻れないとだめなのだ。そして建築の世界って、そうやって戻ることにあまりためらいがない業界でもあったりする。
建築はアートでもあるが、一方でひたすら過酷な現実との戦いでもある。土や水や地震や風や光や、そういう過酷な自然とどう折り合う*3かということと、日本の超厳しい建築基準法とどう折り合うかw ということ、さらに一番大切なのは安全に過ごせるか、適切な値段であることも、欠かせない要件なのだ。

なので、建築の世界の人は、妥協を妥協と思わない、あらかじめ妥協が仕事の中に内包されているように思う。

だけど、新国立では、誰もストップをかけなかったんである。基本設計をやってる4社はどこも有能な人も多く抱えてるし経験もある、おまけに建築の権威も多いから「モノ申す」能力は確実にあるはずである。こんなのおかしいですよ!って、何で誰も言わなかったか、もしくは「言えなかった」か。安藤先生がどうこう以前に「言えなかった」としたらそれが2020に向けて一番怖い。
この辺、JSCはもちろん真っ先に糾弾されるべきだと思うけど、それ以前の「仕組みがおかしい」ところ、誰かジャーナリストな人たちが追いかけてほしいなぁと願っとります。陰謀的渦巻く何かがどろりと出てくるというよりも、慣れ合いの果てにぐずぐずした腐った何かがどろりと出てくる可能性の方が高そうなので、ジャーナリスト映えはしないかもしれないが、正直JSCは解体して作りなおした方がいいとすら個人的には思ってるので。

mainichi.jp

毎日新聞さんあたりに、特に期待しています。見積もりが甘かった、という表層的なとこよりもっと先まで、ぜひ頑張ってほしい*4

 

で、建築の話からちょっと離れてスポーツと金の話。

1984のロスオリンピックが、商業オリンピックの黎明であるらしい。
「スポーツ大会って放映権とかスポンサー料とかで色々儲かんぜ!」って世界中の大人が気付いたのが1980年代なんだろう。イングランド・プレミアリーグが創設されたのが1992年なのだが「放映権を高く売れるチームだけイチ抜けして新しいリーグ作んぜ!」と言いだしたのはやはり80年代である。90年代初頭はJリーグが出来た頃でもあるが、日本では当時全盛であったイタリアセリエAの番組を夜中フジテレビとかでやってたわけで、それまでは販路ではなかった極東にまで、放映権を売れたわけだ。
80年代というのは、スポーツ賭博以外にもスポーツを金に変えることができる、と気付いた時期というか、アメリカのケーブルテレビ全盛時代というか、多チャンネル()なんて言われてもてはやされていた時代だったのだ。お若い人には分からないでしょうが。

で、インターネッツ時代になって、主にサッカー業界から競技としての公正さと拮抗を保つためにファイナンシャル・フェアプレーも言われるようになって、オリンピック界隈でも実は「大きなスポーツ大会やればみんなハッピーだぜ」という風にも言いきれなくなってたりと、潮目が変わっている昨今である。

ロンドンオリンピックが素晴らしかったねと言われる理由は、興行的な成功もあるし開会式と閉会式のクオリティの高さなんかもあるが、「オリンピックのためだけの投資」ではない方法を取ったことは小さくない。これはイギリス人が賢かったからではなく、オリンピック業界がすでに「あ、これ作った後の施設イマイチ歓迎されてないね…」と薄々気付いてたからというのもある。

そして、薄々気付いてるだろうに8万、10万のスタジアム作れとかばかじゃねーのIOCはよぉ、と思う。IOCも、何かに突き動かされた結果、簡単に後戻りできない場所に来ちゃったと思うんだけど。そして中の人たちも薄々気づいてるんじゃないかと思うんだけど今のところは立ち止まれていないようである。まだまだ、第二、第三のサッカーになりたい競技団体が目白押しだからね。何となくレミングの集団自殺神話のような趣である。

*1:基本計画を請け負っている会社のうちの一つ

*2:大手の設計会社は、まぁ給料が良いみたいだからアレだけど、ちょっとやりがい搾取な過酷な労働環境だなーと思ったりはする

*3:ほぼ自然に折り合う方向で行こうというのが建築探偵藤森照信先生のたんぽぽハウスだったり

*4:と思うけど、オリンピックの報道関連のこと考えると大手メディアは突っ込みにくいんだろうなぁ……