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長い感想

100文字では足りなかった時に

安藤先生の会見の件を把握した後の感想

長すぎるブクマ的なもの

まさか、建築プロジェクトのイロハのイ、デザイン(基本計画)、基本設計、実施設計、積算見積、というのを、天下の安藤忠雄から聞くことになるとは思わなかったですけど。

 

ええと、感想としては

■ハラハラ爆弾の行方は

安藤忠雄の手から、基本設計JV(日本設計、日建設計、梓設計、アラップ)に移った形にしたかったんだろうが、安藤先生(およびJSC)の思惑通りに、世の中の皆さんが「安藤さんはやっぱり天才だから悪くなかったんや!適当な仕事してる設計事務所があかんのや!」という風にはならないんじゃないかと思っている。
一般的には、意匠設計(皆さんの頭に思い描いている建築家はこちら)が描いた絵をもとに、基本設計(本当に建物として建てられるように、都市計画法建築基準法とかもろもろの法律に適合しているか、また建築構造的に耐震基準を満たしているかなどを精査しながら具体的な図面を書いていく作業)をやってみたら、あれー?建たなかったよ!、とかあれー?耐震基準を満たすには、梁の太さを倍にしなきゃだめっぽいよ!とか、そういうことは、割と頻繁にあったりする*1

 

■なぜ、ばかげた予算のプロジェクトが止められなかったか

というか、基本設計というのは、そういう問題を洗い出すための工程で、ここで洗い出しがされないとしたら、正直ぼんくらである。
私は以前から、設計JV4社が、なぜ「どう考えても予算オーバーすぎる図面」について、意義や異論を唱えなかったかについて、疑いのまなざしを向けている。
ひとつには、まぁ建築家、一級建築士なんて言うとちょっと聞こえはいいが、「建て屋」の仕事の利益源泉は「よりでっかい予算、でっかい建物ほど儲かる。それが公共建築物であればなおのこと名を上げるチャンスでもある」なんていう、土建屋とどこが違うんだというところにあるので*2、予算が大きくなろうが国家プロジェクトなら何とかなるじゃね?財布は無尽蔵なんじゃね?的土建屋メンタリティと、あとは派閥やら学閥やら師匠(上司)やらとの兼ね合いで真っ当なことが言えなくなるという昭和オッサン的メンタリティの持ち主だらけだったりすると、誰も安藤先生のツルの一声を止められないという状況は、大いにありうると思っている。どちらかと言うと後者(学閥、師匠筋的な、サラリーマンの出世に響く的な問題)の方が理由としては大きかったかもねーとか邪推するぐらいの体験があるもんでなおさら。
要するに、彼らは自分の職能を100%発揮するつもりなんてなかったんじゃないかと邪推している。税金で建てる建物は、さぞ美味しいでしょうね。

 

安藤忠雄さんの会見を見た悪夢のような感想 

ごく個人的な感想では、安藤先生も、高っけぇ!って思ったらその時点で止めろよばかなの?と思うし、恐らく基本設計の早い段階で見つかっていたであろうザハの図面の問題点を誰も上奏しなかったらしい、設計・建築のプロの矜持は、どうも設計大手4社にはなさそうだということや、大林はともかくへんな建築に挑戦することでおなじみの、土建屋の中でも比較的クリーンなパブリックイメージだった竹中工務店さんは、ちょっとさすがにやっちまったんじゃねーの、と思ったりしている。

 

誰が戦犯なのかを「政治的」にたどっていくと、最終的には私たち有権者のところまでたどり着いてしまうわけだが(安倍自民党に政権を持たせたのは有権者のせいである)、そういう、意見の分かれる話は置いておいて、「職業人としての矜持」が誰にもない、安藤先生にも、もちろんザハ女史にも、設計JVにも施工JVにもなかったのが、正直、予想はちょっとしてたけどショックである。設計JVのうち3社には友人や知り合いがいる。なぜか五輪PJに関わっている人はいないのだが、友人も知り合いも、とても真摯に自分の仕事に向きあい誇りを持っていることも伝わってきたりする。じゃあ誰が悪いんだ?

 

スキームである。馬鹿がスキームを作るとろくなことがない。
馬鹿は、利益相反しうるところに平気に両矢印を付けて、ご丁寧に「協調・調整」とかそういう資料をしたり顔で見せにきたりする。
逆に、コスト計算する人と、建築業務を請け負う人と、コストの検証をする人は、利益が相反する立場でなきゃいけないわけだが、馬鹿が作った馬鹿スキームには、その辺が全く配慮されない。

で、新国立競技場建設プロジェクトで、スキームを作る責任者は誰ですか?と言えば、それはJSC(日本スポーツ振興センター)である*3
JSCの新国立担当のスタッフはアレでナニである、というウワサは、実は1年以上前からかなり広まっていた。誰かが手助けしてやらなきゃ、という空気も出ているという噂も聞いた。JSCの立場(国立競技場および秩父宮ラグビー場の所有者であり運営責任者)を考えれば、能力としてなかったとしても後には引けなかったんだろうという気もしないでもない。10,000歩ゆずったとしての話。
ええと、もちろんJSCだけが悪いは思っていない。思ってないが、勇気を出して「やめません?これ。二倍以上とかやっぱりおかしいと思うんですよ」と言えなかった点に置いてJSCと、基本設計をやっていた設計JVは、かなり大きな責任は免れないのではと思う。

 

それにしたってさ。酷いよね。

今日の安藤先生の会見は、当然JSCとはやりとりについて事前の想定問答ぐらいはしたんではと希望も持ってたけど、結果ふわっふわだった。本当にばかものの集まりなんだろうかJSC。文科省から出向している人が要職を占めているらしいですけど。

そういえば文科省は、Ⅰ種試験の合格者の希望省庁ランキングでは下位だったなと学生時代の思い出を思い出したりする。ちなみに私が学生時代は、ランキング最下位は労働省。今思うと文科省厚生労働省も、このところ時代錯誤な「ヤラカシ」が相次いでいるなw

*1:実際には、計画と基本設計は密接な連携をもって行われる方が一般的だと思う。コンペだったりした場合はその辺の「空気読む力」が連携されにくい傾向がある。更に言えばアンビルド・ザハだからなぁ…

*2:一般的には設計費用は、プロジェクト予算の何%という決まり方をするので、予算が大きい馬鹿プロジェクトの方が旨みがある側面がある。そして建築という仕事は因果なもんで、親方日の丸じゃないが、施政者がパトロンになり出来あがった建物にはそれが大きければ大きいほど公共性を強く帯びる性質がある。建物というのは「そういうもん」で、だからこそ火事に強くあれとか地震に強くあれとかそういう七面倒くさい法律がたくさんあったりする。

*3:まぁそのスキームを承認するのは文科省であり、文部大臣を任命したのは首相であり、首相を容認したのは我々国民の選挙の結果であるという堂々巡りにはなるけどさ