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長い感想

100文字では足りなかった時に

id:kvx さんの「プロの仕事の定義とは」に対するお答え

長すぎるブクマ的なもの

長くなっちゃったんで、どういう場所でお答えするのが適切か分からないので、自分とこで。
急いで書いたので乱文ご容赦ください。

 

新国立競技場事業プロセスについては、登場人物全員がプロとしてどうなんだそれは、という状態になっていると思っています。

ザハのどの点がプロじゃなかったか、ということについては、色々ありますが一番ひどいのは、コストの問題で意匠を大幅に変更せざるを得なかったという判断をJSCが下した時点で、なぜ声明にあった「ローコスト案」を出さなかったかということです。
その時点(まだ春だったと思います)で方針転換をしてりゃ、今頃とっくに地鎮祭は終わって杭立ててる頃です。
その時点で、デザイン監修についての契約はしていたのではと思います(ので口出しする権利というか義務はあったはず)が、その辺は面倒なので調べてません。ご興味があったら調べてみてください。何しろこの件は、ちょっと一般的じゃない常識はずれな仕事の進め方をしすぎなので断言はできませんが。

 

設計JV4社については、基本設計と積算が出た段階で、大幅にコストのずれがあったのなら、その時点でザハ側と話し合いを設け、デザインと構造強度などのテクニカルな部分、そしてコストについての摺合せをすべきだったと思います。何が理由で、ここでまともな話し合いが持たれていなかったか(ザハの声明を鵜呑みにするとすると、まともな話し合いが持たれているとは思えません)は、報道の人がもっと突っ込んで取材してくれればいいのになぁと思っています。

 

JSCについては、一番分かりやすくダメなのは、ザハも声明で上げていましたが、なぜ、先に建築請負会社を決定してしまったのか、というのがあります。
そもそもJSCについては、元のデザインコンペの仕切りもぐだぐだなので、能力以上のことを請け負っている状態だと思います。プロ失格です。
そしてもっと言えば、JSCは形式上は発注者の位置に立つものですが、発注者としてのビジョンも予算感覚も建築デザインへの思い(これを安藤忠雄にまる投げした形です。安藤先生もまる投げされたって怒ってる場合でもないと思いますが。)も、何もなかった。これはプロ以前の「そこに立つ器じゃなかった」という話だと思っています。

話は戻ってなぜノーコンペで建築請負会社を決めたかということですが。
本来であれば、コストのことを考えれば、建築工事もコンペにすべきかと思います。ただし入札方式は、汎用性のある技術を用いる場合には主にコスト面に関して大きな効果を産みますが、先進的な技術が必要な場合や、ちょうでかいものを建てる場合、ワンアンドオンリーのものを建てる場合には、必ずしも効果を発揮するとは言えません。そこの会社でしかできない技術や方法や人工の手配力などが異なるからです。つまり入札・随意のどちらの方式がこのプロジェクトにとって良いか、というのは、基本設計が固まった段階ではおのずと答えが出ているのが理想です。
ザハの図面を理解し基本設計と積算を行い、それを承認した人たちはすべて、本来は、建築請負会社の入札をするかしないかという点において意見が異なるということはありえないはずです。原理的には。

それがなぜか各人の意見がすべて違っている。私は、そこには「各人のポジション・エゴ」しかなくて調整できる人がいなかったことが、このプロジェクトのどーしょーもないポイントだと思っています。

 

書き忘れてたので追記。

建築請負の竹中工務店大成建設については、もう上記のスキームでは「言い値」になって当然だと思っているので、どちらかというとやはり仕切り側(JSC)に『なに盗人に追い銭みたいな真似してんねん』と言いたい気持ちでいっぱいです。建てる役割の人が、積算もぐらぐらしてる図面見せられて随意契約なんてしたら、そりゃ見積大目にとるに決まってる。

追記以上。

 

以上は、新国立競技場の建築にあたっての具体的に「プロじゃねーなー」な点です。

 

プロの仕事の定義、を抽象的に言えば、「その立場ですべきことを、得られる報酬の範囲内で全うできるかどうか」だと思っています。

出来てる?それ。

全員出来てないと思うんですよ。エゴをぶつけてもモノは建ちません。エゴを楯にし続けるのは、私はプロだとは思わないです。