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長い感想

100文字では足りなかった時に

子供は誰のために産むのか問題について

長すぎるブクマ的なもの

結論から言えば、「各人がそれぞれの目的や希望に従って子供を産めばいいし、産みたくないと思うなら産まなくても別にいいじゃないか。ただし産みたいのに産めない状況は何とかしようよ」という当たり前の話です。

長々と書いています。あと、勝手にidコールさせていただいている方が何アカウントかありますが、全て私が感服したブコメについてです。勝手に呼んでごめんなさいでも良いブコメありがとうございますという意味ですのでどうぞご了承ください笑。

 

「子供が欲しい」と思った理由は、100人居れば100通りあるのが当然だし自由です。

 例えば、

  • 実家が4,000年続く家業をやっているので後継ぎが必須である、とか。
  • 愛国者なので日本国の危機のために立ちあがって、ラグビーの試合ができるぐらいの子供*1を産むつもりである、とか。
  • 好きな人の子をうみたいとか親が自分にしてくれたように自分も子供に愛情を注ぎたいとか。
  • 私は自己愛が強いからコピーを作成するのだ、とか。
  • まぁそれが当たり前だと思うから、とか。

 

でも、第三者がそうしろと言うから、というのは、どうもまずいんじゃないかと思うんですよね。

 

こんな残念なニュースがホテントリしていました。当然8割以上のブコメがばっかじゃねーのという反応になっています。

はてなブックマーク - 「女性は2人以上産むことが大切」中学校長、全校集会で:朝日新聞デジタル

ちょっと考えたら「日本の社会保障と人口維持のために進学をあきらめて子供を産め」と学校の先生に言われることの異常性に気付くと思うんですが、一方で「とはいえ確かに女性の合計特殊出生率が2を切るのはまずいわけで…」と立ち止まっている様子の人もいる*2
個人的には、いやそれ繋げて考えちゃダメなやつじゃないの?!と思うんですけど、「女が子供を2人以上出産しないと日本なくなっちゃうし」と思う人は一定数はいるようなんですね。

で、上記のブクマに、私とても素晴らしいと感じたコメントが付いていました。id:sugikota さんのブコメです。

社会全体として出生率が2以上になるとよい、というのと、おまえが2人以上生め、というのは全く別の話。 

ね。当たり前のことなんだけどね。シンプルな言葉で、つい「うーんでもなぁやっぱり2人以上…」と思ってしまう人の魔法を解いているように感じたんです。

このところ、少子化への対応と「女の人生」について、「少子化困るんだから女は産めよ、男は産めないんだから」的な割と雑な意見を目にするたびに起こる胸のざわつきと、どう折り合いをつければいいんだろうなぁって思っていたのですが、sugikotaさんのブコメで、ああそうじゃんね別の話じゃん!って、簡単に整理することができたんですね。ブコメほんと良いよね。困ることもあるけど有用な時もたくさんある。

 

「私たちが暮らしている国を、若い人たちが子供を産みたい育てたいと思えるような場所にするにはどうしたらいいだろう」、というのが、「女性が2人以上出産してくれないと…」という不安に対応するべき、適切な言葉だと思うんですよ。

一方で、現実の女性(男性もそうですね)に対する時には、「子供を産み育てると人生が充実したものになる可能性があるよ」ぐらいが関の山だと思うんですよ。例え親子であれ教師生徒であれ、他人の人生を強制しちゃダメだよなぁと。上記のブコメには id:aw18831945 さんや id:IkaMaru さんのように、男女の役割を入れ変えて想像してみている方もいらっしゃいますが、まさにその通りで、男たるもの妻子を片手で養えるぐらいでないとダメだなんて、そんな下衆極まりないこと口が裂けても言いたくない…。

人生なんてさー、そもそも自分が思い描いた理想通りに進むとも限らんようなもんでしょ。どんなに紆余曲折しようが、自分の人生を自分の責任にして(逆に言えば人に強制された人生は、自分で選択の責任を取っていない人生でもあります)、納得して生きていかないと、やっぱり、ちょっと思い通りにならなくなった瞬間に躓くと思うんですよ。

校長先生の言葉を鵜呑みにして18で結婚出産してやろうと思ったところで相手がいないかもしれないし子供ができにくい体かもしれないよ。相手が欲しがらない可能性だって、出産費用さえままならない*3可能性だってあるのに。その時に、鵜呑みにしちゃった子はどうやって方向転換すればいいんだろう。
こう考えると、電波校長の言葉は、きわめて無責任で利己的(自分の老後の社会保障が心配なんでしょとか下衆の勘ぐりを)なものなんじゃないの?と思ってしまいます。

 

日本の少子化傾向は、このニュースに登場する電波校長も仰っているように、実はWWⅡ直後のベビーブーマー山の直後からずっと続いてるものです*4

2016年の今、日本で起こっているのは

 

  • ザ・デフレな雇用条件がずっと続いているにもかかわらず共稼ぎしてでも子供が欲しいと思っているのに、子供を産んでも安心して預けられる場所すらない
    (例の保育園増田さんのパターンですね)
  • そもそも子供を産んで育てられるほどの収入すらない(非正規雇用の人も多いです)
  • 子供の希望通りに進学させることができない(今の学生さんの親御さんはこんな感覚だったりするのではと思います)

 

産みたいけど産める状態じゃない、もっと酷いことに産んだ人への手助けすらない状態です。これをまず何とかしなきゃさあ……。よくもまぁ、中学生に向かって「早く産めよ」なんて、言えるよね。恥知らず。
こんな状況で、産みなさい子供は良いもんだよなんて、一昔前のおせっかい婆が言いがちなセクハラワードすら口に出すのがはばかられるのが、人として当然だと思う。

 

ちょっと前の記事ですが、こういうものがありました。

データえっせい: オトコが結婚するのに「収入」がモノをいう社会

詳しくはリンクを読んでいただいた方がよいんですが、私はこれを読んで、男女ともに「多様性」こそが、結果的に子供を産める人の数をふやすことになるのかなーと思いました*5

また、こういう面白いtogetterもありました。

togetter.com

子育て中の家族への支援方法は、多様であるほど良いのではないか、という話。

 

一方で、こういう増田さんのご意見もありました。

結婚とか子供産むとかギャンブルすぎる

確かこの増田さんの前に、残念ながら生まれたお子さんに重度の障碍があってプランが全て狂ってしまった、こういう私たちへの支援も薄いんだ、と叫ぶ増田さんがいらっしゃったんで、余計にこういう感想になったんだと思いますが、これに私は割と冷たい感じ悪いブコメを付けたんですね。

家庭や家族や人間関係について効率性で語るのが「当たり前」になったの、いつ頃からだろう。少子化の本当の理由ってその辺な気がする。個の効率だけを考えたら魅力はないが、個の効率だけの人生なんて楽しくないのに 

これ。
上で述べた「人に強制された人生」の責任感・充実感のなさ、につながるんですけど、周りがめいめい勝手にワーワー言うてる「結婚や子育て」に振りまわされてしまってるから、不安しかなくて、充実感を想像することが出来ないんだろうと思ったんです。主旨は近いんじゃないかと思うんですが、id:camellow さんのブコメの方が、私よりもずっとやさしい素晴らしいブコメになっています。どうも私は性格悪くてな、てへ。

最初からゴールを目指すとギャンブルだけど、いい人と思われる人と付き合って、ひととなりを確認できたら結婚して、落ち着いたら子供を作って、と順番を踏めばだたの育成ゲー。あんまり先だけを見すぎるなかれ。

上の方で指摘させていただいた「でも女は2人産んでくれなきゃ減っちゃう…」な方々も、この増田さんも、思考に地に足が付いてない感じがしたんですよね。それで、むずむずと胸がざわめいていたんですね私が勝手に一人で。

前にもどっか別のエントリに書いた記憶があるんですが、人間にとって自分の子供というのは、人生の大半を占めてしまうものです。それが「誰かに言われたから産んだ」というのでは、あまりにも寂しいと思うんですよね。ましてや他人から強制されるなんて、想像しただけでゾッとするよ…。

 

逆に、産みたいなら産みなされ、どんどんバンバン産んだらええ、その代わりバックアップは任せとけ!って言える世の中になれば、自然に「そうなら産みたいな」と思う人が増えると思うんです。何を呑気なことを言ってんだ、と思う方には、社会保障の観点から見た少子化対策については、もう25年ぐらい前から「本格的に手遅れ」な状態に突入してるので、そっちに関してはもう諦めてください*6という話しかなくなってしまう。

 

むしろ、日本というか、私たちが暮らしているこの場所に、ここから先に希望が少しでも増えた方がいいよね、ということだと思っているんですね、私にとっての少子化対策って。

希望の中には子供が多くなることもありますが、長生きすればするほど辛い現状というのも無くなるのが理想だったりしますよね。
なので、今現在、予算や頭数に限りがあるなかでは、まぁあっちを頑張ったりこっちはちょっと我慢したり、お互い融通しあって、なんとかかんとか、えっちらおっちらやっていくしかないんじゃないかと思ったりします。簡単に言えば、少子化対策だけが手厚くなっても、色々まずいんじゃないかなと思うわけです。もちろんもっともっと手厚くあるべきだとは思いますが。

 

というわけで、個人的に、もやもやざわざわしていたことがとてもクリアーになって嬉しかったので長々と書いてみました。idコールしちゃった方ほんとすみません。

 

 

おまけ。

そういえばこの記事も気になっていたのだ。

www.asahi.com

朝ドラの過去の常識を覆す、子育てと両立しないバリキャリ女性を描いている「あさが来た」についての評判記事です。

あさが来た、好きで見てるんですけど、面白いのは、主人公あさの産んだ娘が母親と全く別の嗜好だという設定なんですよね。じっとしてられないバリキャリの母親と、家にいない母に代わり面倒をみた祖母に懐いておっとりと育った娘です。
で、あさは娘に自分と同じ夢を持ってほしいと「つい」思ってしまうんだけど、じたばた、じたばたしつつ、私の夢を娘に無理やり背負わせてはいけない、と気付きつつあります。年明けからかれこれ2ヶ月ぐらいはじたばたしておりましたが笑。

 

あさが、娘に我を押しつけていたことに気付いたのは、あさに心酔している娘の親友「のぶちゃん」が、彼女の親から勉強やめて早く結婚しなさいと押し付けられた、という状況を見てのことです。聡明な人に描かれているあさですが、人の様子をみないと我が娘に無理を押し付けていることに気付けないんですね。
それに、ここでも逆転が起きていて、バリキャリ母と花嫁修行した娘、娘に嫁入りを望む母とバリキャリ志向の娘、というミスマッチになっています。でも物語では周りの大人は、紆余曲折はあったものの、そのまま受け入れている。
朝日の記事だと「昔の朝ドラ主人公と違って子育てしとらん」と驚いている様子ですが、このドラマの裏テーマは「多様性」じゃないかと思っているのです。ガサツに働く女も、子育てしない女も、子育てと家庭が命の女も、結婚せず店を切り盛りする女も、夫について共に苦労する女も、みんな違ってみんないい、という描かれ方をしている。朝ドラなので基本的にはあまり暗黒展開にはならない*7という前提はありますが、どんな生き方であれ、納得して全うしているなら、それはそれですてきな人生じゃないですか、というメッセージがあるのかねーなんて思いながら見ている次第です。

しかし波瑠ちゃんほんとかわいい。彼女が演技をしているのを見たのは、「泣くな、はらちゃん」の時が初めてでした。あの時も出番少ないながらインパクトな役柄でしたが、今回も素晴らしい。先が楽しみですねぇ。

*1:30人。リザーブも考えたら44人か。

*2:それ以外に拗らせてるブコメがあるのは、まぁ通常営業ですよねはてブ

*3:高卒18歳の同級生の男の子だったら貯金もないだろうし給料だってとてもじゃないけど大変だよねぇ…

*4:年齢からするとこの電波校長も少子化世代だったりするわけですが…その辺、頭の中でどうやって整理してんだろうね。ばかなのかね

*5:まぁそれか、また悲惨極まりない世界戦争でもやって、街から成人男性が一人も居なくなるとか?そういうことがあればベビーブームが訪れたりするのかもしれませんが笑 私はそんな犠牲払うのイヤよ

*6:増税や年金が少なくなるのは、大変残念ですが既定路線でしょうね…アベノミクスでも結局予算拡大分以上の効果は出ませんでした。あんだけアホみたいに札を刷りましたが、それでようやく「現状維持」が半年ぐらい続いたというぐらい、日本という国は超高燃費な国になってしまっているんです

*7:例外もあるけどな