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長い感想

100文字では足りなかった時に

トットてれびの感想にかこつけて、困りがち・困られがちなわたしたちの人生を

感想いろいろ

連休あけましておめでとうございます…(しょんぼり)。

 

サッカー五昧*1な楽しい休暇旅行は終わりをつげ、仕事です。仕事も楽しくないこともありませんが、やっぱり遊んでる方が楽しい。
連休中は「サッカーを追いかけて」旅行をしていたので、見逃せないTV番組は録画しておきました。昨日は、片づけだの掃除だの写真の整理だのをしながら、その録画を消化。朝ドラ、ブラタモリ真田丸、水曜日のダウンタウン、それとトットてれび。

 

トットてれび、素晴らしいですね。事前に発表されたキャスト、脚本、演出の顔ぶれだけでもワクワクと期待できるものではありましたが、とても素晴らしいすてきなドラマでした。

以下過剰に箇条書きで。

 

  1. ほぼ徹子!な満島ひかりちゃん
    事前PRの段階から、若い頃の徹子*2にそっくり!と思っていましたが、徹子特有のちゃかちゃかした落ち着きのなさ笑を、いやみなく可愛らしく演じておられるのが、本当に素晴らしい存在感と才能。

  2. テンポのいい演出と音楽であっという間の30分
    時間は30分。短い方が見やすい一方で、乱暴に話が進んじゃう可能性を心配をしていましたが、杞憂でした。大友バンドの「あまちゃんスタイル」の賑やかな音楽にのせて、大変テンポよく、相当な情報量が詰め込まれています。
    この手練れ感よ、と思って先ほど番組サイトを拝見したら、チーフ演出に、私の好きなNHKドラマによくお見かけする井上剛さんのお名前がありました。64、あまちゃんちりとてちん、ハゲタカ、ヒットドラマを多く手掛けておられるんですね。上にあげたドラマは私も楽しみに見ていたものばかりです。共通する特徴は、「情報多い」「でも緩急をつけて見やすく出来ている」。
    昨今のTV制作の現場は、主要視聴者の中高齢層に向けて情報は少な目、という配慮をしているものが少なくないようなのですが*3、トットてれびや上記のドラマは、映像中の情報量は多い。情報は減らさずに、伝えたい優先順位が付いている。緩急があるので、集中して見る価値があるだけの内容もあるし、ぼさーっと見ていても充分楽しい、というつくりになっている。エンターテインメント。

  3. なぞの豪華キャスト
    個人的にツボなのは、錦戸亮くんの坂本九です。何か含むところのあるさわやかさがぴったりでなんかツボだ。あとは芸能界の元祖・エロ男爵森繁久彌をリアルでもオンナ癖がお悪いらしいともっぱらの噂の吉田鋼太郎が演じるらしいのでニヤニヤと楽しみです。
    事前PRを拝見していた限りでは、こんな意味不明に豪華なキャスト、逆にカメオ感出ちゃったらもったいないなぁと思っていましたが、さてどうなるでしょう。1話目を見た限りでは、おそらく狂言回しとして大切な役割を持ってる濱田岳演じる伊集院ディレクターの存在感が、そのへん上手にさばいていくのかなーと予想中。伊集院ディレクターは実在なのかなぁ。どうなんだろうね。

 

 

最後 「居場所を見つける」ということ

黒柳徹子さんはご自身でも発達障害の可能性を示唆しておられます。それでですね、私もたぶん、そちら寄りの人生なんですよ。診断は受けたことがないし、日々困ったことは少なくないですが今のところ何とかやってるので治療はまぁいいかなーという程度ではあるのですが。
小学生の頃、「窓ぎわのトットちゃん」を読んで、私にはとても素敵な本だと思えたけれど、今思うと周りの人たちが感じていた感想とは異なる感想を持っていたように思います。大学生の頃、友人が窓ぎわのトットちゃんってあざといとこあるから読書感想文書くのに楽でよかったと話していましたが、たぶん健常で明晰でちょっと意地悪な人から見ると、あざとく見えるんだろう笑。気持ちわかるよ!でも、私にとっては「あざとい感動もの」ではなく「あるある」でしかないんですよ。


「わたしたち」は、授業をきちんと座って聞いていられない、絵をかく時にはみ出してしまう、話はじめたら止まらない*4etc. 。そして「わたしたち」にとって必要不可欠な「理解してくれる人」と「ここには居てもいい場所」の存在は、「生きていくために必要あるある」なんですね。

 

「わたしたち」は、物心ついた時から、自分は人と少し違うなーと感じながら生きています。
私についていえば、家族や兄弟ともちょっと違う感覚があります。他の普通の人たちがどのように考えているか正確なところは分からないけれど、恋人や両親や兄弟ともどこか一線があるように考えて、無条件に愛着するのは難しいです*5。物凄く悪く言えば「最終的には違う人だから私の不利益になることを言われる可能性はある」と、親兄弟や恋人、配偶者に対しても身構えているところが、ちょっとあったりします。

 

更に「わたしたち」は、常にうっすら困った状態で生きています。 
時間通りにできなかったり、言われたことを言われた通りにできなかったり、どうやったら「まわりと同じこと」ができるのか、とても具体的な方法(認知行動療法的なこと)を教えてもらわないと出来ないんです。ふんいきで何となく埋没して同じようにする、というのは、どうにも無理なんですね。
なので、常に、いい意味でもわるい意味でも目立っている。いじめられるようなこともありましたし、クラス中の人気者になったりもするんですよね…。人気者にはなるけれど「仲間」ではないというような感じというか。

 

とはいえ、私も、そして徹子さんにとっても、そしておそらく同じような「多くのわたしたち」にとって、たいへんありがたく恵まれているのは、周囲に適時「ちょっと違うけどそれで別にいいんだよ」と言ってくれる人が現れてくれるということです。個と寛容を愛してくれる人が、有難いことに必ず現れてくれる。逆に、現れてくれなかったら、わたしたぶんこの年まで無事に元気に生きていられなかったんじゃないか。
毎日こまごまと困っていて、もっとひどいことに周囲の人たちを困らせてしまいやすい*6「わたしたち」には、「ちょっと違うけど、それでいいんだよ」という言葉が、生きていていいんだよ、という許可に聞こえるんです。窓ぎわのトットちゃんに出てくるお話で言えば、お母様の存在と、それと転校した「トモエ学園」、そして小林先生の存在がそれだと思います。

子供であれば、保護対象としてゲタを履かせてもらえますが、残念ながら、どうも困りがち・困られがちな「わたしたち」だって、大人になれば自分の力で生きていかなくてはならないし、見た目が大人になればなるほど、周囲の寛容のまなざしは減る笑。
そして、埋没しにくい・融和しにくい「わたしたち」は、他の普通の人よりもより切実に、自分の力で自活していくすべを得なければと考える。

で、長々しい自分語りはいったん終了で、ドラマに戻りますが、トットてれびでは、徹子が、自分の居場所を切実に探して、「わたしが居てもいい場所」をTVの世界の中に見つけて、周囲の色々な人々の寛容さに助けられて成長していくお話なのかな、と思います。何しろストーリーテラーが、女の子のヒーロー小泉今日子&100歳徹子だからね。成長物語。
取りあえず1話目では、武田鉄矢扮する大岡プロデューサーと大森南朋*7扮する脚本家・飯沢匡に見いだされ「そのままでいいんですよ」と言われたところでおしまいです。
わたしたちは、その一言が聞ければ割と大丈夫。きっと来週もいろいろ困ったり困らせたりしながら、それでも楽しく生きていくのです。

 

毎週末はサッカーなので笑、録画して忘れずに*8見るようにしようと思います。

 

おまけ

徹子がチャリティに熱心なのは、ひとつには、自分の存在は周囲の寛容と手助けがなければ成り立たなかった、という思いがあるんじゃないかなぁと邪推しています。すくなくとも私はそうなのです。わたしが普段、生きているだけで割と色んな人を困らせがちなので、私に余力があるときぐらいは頑張って誰かを助けたいと切実に考える。これで返せるかわからないけど、せめて少しでもお返しをしなくては、という思い。

*1:5試合見たので三昧ではなく

*2:敬意を表しての呼び捨てです

*3:年を取るに従って映像から受け取れる情報量が減っていくとのこと…怖い

*4:このブログがまさにそう

*5:発達障害には自閉傾向がある場合もあるそうで。まぁその辺が理由のひとつかもなぁと思ったり思わなかったり

*6:一応、周りの人に迷惑をかけているということぐらいは理解はできるので、自責や自虐や自己評価の低さなどは発生します。だからといって治らないから、嫌われる人にはとことん嫌われるんですよね。世界から寛容がなくなったら私はいの一番に死んでしまうと思う。一方でやっかいなことに他人の寛容さが必要不可欠なくせに私自身は、かなり高く意識を保ち続けないと他者に寛容になれない残念さがあります。本当に困ったものですが、他害や他者への精神的・物理的侵害が無い限りは、他人にはできるだけ寛容であろうとがんばっとるよ。

*7:好き!

*8:週末は忙しい。サッカー見に行ってるか、スカパー!でサッカー見てるか、サッカーよりも優先せざるを得ない事情があってテレビの前に時間通りに座れないかのどれかだ!