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長い感想

100文字では足りなかった時に

貧富の差

長すぎるブクマ的なもの

ブコメいただいたので追記。

id:dadabreton さん。

「オタクが幼女を連れて」て問題ないケース 

を字義通り「迫害数」を比較するための比喩として使用されていたのであれば、やっぱり元記事ブコメの分析してみた方が面白いと思いますよ。実際に数を数えてみたら興味深い知見が得られると思います。実際にやるの、とても大事です。ブコメの傾向を分類してブコメ数と☆の数を数えてみてはどうでしょうか。

id:dadabreton さんへの直接IDコールでもないのに、なぜそのように被害妄想的な発想にたどり着いたか分からないんですが、そもそも「幼女を連れたオタクがあらぬ誤解を招かれた」という状況自体、数の多寡についての比喩として確たるものだとも思えないんですよね。幼児連れの男性がオタクの誘拐と疑われるケースの数が多いか少ないかも分からない、そもそも幼児を連れた男性が疑われるケース自体あんまりないんじゃないの?とも強弁できちゃう。この例えで使うなっら「オタク」目線の主観に基づくものでしかないから、比較には向いてないと思います。

あと質問に質問を重ねるのは「答え」ではないと個人的には思います。元記事のニュースに対する単純な理解不足なのかな?という気もしてきました。ごめんね言い方きつくて。だからこそ、ちゃんと数えてみるのも、それはそれで「人は何を考えてるのか」という知見になると思いますので、おススメ。

 

以下もとの本編

id:dadabreton さんとタワーでやりとりしとりましたが、どうもイマイチ噛み合わなくて困っております。短いからね100文字。
でね、数の問題がすごく気になっておられるようなので、私は面倒だからやらないけど、まだ続けたいなら、ちゃんと数えてくれるとありがたいです。
個人的には「どんな問題に対したってブレた現状認識してる人は一定数いるでしょ」程度に思えますし、ブコメを見ると、ただ叩いて面白がるもの以外にも多く☆が集まってるような気が私にはするので、通常営業範囲じゃないの?と思っているんですが。でも一方で、自分のことを思いきり棚にあげて言いますが、はてブは経済的な話題だと割と脇が甘い人も増えますので、ブレたこと言う人も増えるかもしれないですしね。すごく気になられるようなら、数を数えて分析して教えてくれるとすごくうれしいなー。

とはいえ、ずれたブコメの数の多寡がいったい何なんだろ?とはやっぱり思いますが。
そこ混ぜっ返して、否定スンナと怒られてまで主張されたいことが何なのか、その辺のお返事がちっとも帰ってこなくてさみしい。

それで、なぜか私の質問には答えてくれないのに質問?をいただいたので、私がブコメした 「言及しても問題の本質には意味がない」の意図について、100文字では全然無理なのでこちらに記します。

 

合っているかどうかは置いておいて、私の考えは、富の再分配を損ねる可能性が高い、タックスヘイブンを利用した脱法的なペーパーカンパニースキームは、まぁどこか一線を引いてある程度の節度をもって抑制されていくべきだと思っているものです。パナマ・ペーパーをリークした方はもうちょっと過激な心配をしているようですが(パナマ文書の提供者が初の声明、「革命」を予見 (AFP=時事) - Yahoo!ニュース)。
私は共産主義者ではないので、金持ちの富を奪えとは全く思いません。でも、投資のための投資が過剰に進行していくことは社会的・経済的なリスクも大きくなるなぁと思っています。ということを、ちょっと前にしたためたので(まとまらない頭で id:toratsugumi さんへのお返事 - 長い感想)嫌じゃなければチラ見でもしていただけると。


法的な善悪で言えば悪ではありませんが、法で明文化されていなければ何をやっても良い、というのは、いろんな人が色んな立場で暮らしている人間社会では、場合によっては危険度が高いものだと思います。
id:dadabreton さんもブコメで「家族が社員の場合でしょ」と言及されておられますが、富の再分配ということでいえば、実は家族間の富の分散についても、世界の税業界?では「程度を見極められるように紐付けしたい」という取組みが進んでいるところだったりします。要するに富裕層への課税については「立場と程度をわきまえてよ」という時期が20年近く続いているんです。日本も贈与や相続税制などを使って緩和税制の方向で進んでいますが、これも、若年層への資産移転という側面もありますが、ファミリー・アセットに対して申告をさせて紐付けして全体を把握したいという隠れた狙いもあったりするんですよね。

 

税というのは、不均衡をある程度均すための仕組みです。不均衡が行きすぎると、世界の安全性が損なわれていくから、小市民の私は嫌だなぁと思うんですよね。善悪じゃなくて「程度問題」です。
お金持ちだって、周囲に不満を持った貧民が増えるほどゲーテッド・コミュニティを構築するコストが余計にかかるわけで、なんか馬鹿みたいです。金持ちは金持ちだけでは暮らせない、かしづいてくれる人がいないと快適さは得られないのに、かしづく役割のものに不満が溜まるのは恐いと思うんですけどね。

もっと大げさなことを言えば、まぁかなり大げさではありますが、世界中多くの場所で情報がオープンアクセス化しつつあり、人も世界中を自由に行き来しやすくなっている世界では、貧富の差が広がることは、富裕者にとってはぜいたくや快適性を得られるメリットより、テロとか治安悪化リスクの方が大きくなる可能性もあるわけで。分水嶺は割と近いんじゃないの?とも思うわけです。だからこそのピケティブームだったりもしたのかなーとかね。
実際には、世界中がある程度豊かになったからこその「貧富の差の存在に気付いた」だったりもするんでしょう。でも、まぁ現代というものがそのような形になってしまっている中で、「資本」を抱え込んだ結果、自分たちの足元の安全や快適性を損なう世界の方に、向かっている感じがするのが、どうもちょっと嫌だなぁと思うんですよ。

 

で、貧富の差が広がるリスクの一つに、貧困層への教育やリテラシーが行き届きにくくなる、ということもありますよね。
嫌な言い方ですが、まさに id:dadabreton のご指摘のような『現状どれが悪用かわからないのに名前が出てる個人・企業を叩いてる人』が今以上に増えるということでもある。そのように短絡的に捉えてしまう人が置かれている状況を邪推すると、金持ち嫉妬とか単に知見が欠けているとか、そういう状態は貧困から発生しやすい可能性は高いですよね。そういう人ばかりの社会は、私は目指したくないです。

なんかマッチポンプみたいでしょ。
私は、問題の本質は「貧富の差があった!憎い!」と気付いた人たちと「貧民うぜえ」と思う人たちのギャップを、ある程度均す作業の一助となるはずの税金の再配分が、どうも「貧民うぜえ」と考える人たちにとって有利になりやすいということだと思っているんですけど、だからこそ、「憎い!」と短絡的に考えてしまう人を見つけて多いなと嘆息したところで、その原因は(個人の生来の能力に上乗せする教育機会を奪っている)再配分を拒む富裕層側にもあるだろう、って話で。
だから、今さら短絡的な人の存在をあげつらって何が主張したいんだろう、と思ったんです。そんなの「世の中」では織り込み済みの話なわけで、改善されるためにこそ、再配分の適正化が必要とされてると思うんですけどね。

貧富の差は実力に応じてあって当然だと思いますが、それが「何世代あとまで継続されるべきか」ということについては、これから繊細に考えていくべき事柄なんじゃないかなぁ。

 

ということで、慌てて書き散らしてるんでなんかぐだぐだですけど、この辺が、「その指摘、意味なくね?」と思った理由です。

ながくてごめんね。身も蓋もない言い方をすれば、「ペーパーカンパニーで資産形成しても合法ではある」ということを理解できない・したくない人が一定数いる、ということ自体がすでに貧富の差問題がもたらす悪い結果でもあるのに、そっちサイドの数を数えて何が言いたいん?って話でした。長いうえに口も悪くてすみません。

 

 

 

ここから先はおまけです。

私自身のことを言えば、微々たるものではありますが、家族から金銭的な恩恵を受けてきた側の人間だったりします。ただそれは「半永久的にあまり働かなくても済む資産」のかたちではなくて「よく生きていくための教育」に関する金銭的な恩恵、要するに学費やらなんやらの教育にかけてくれたお金です。

今私は仕事でいわゆるお金持ちの方々に会うこともあったりしますが、彼らの資産の使い道として、子供の教育に金をかける人と、子供の生活費を確保する人と、二種類に大きく分かれるなぁと感じています。そして後者のご家族は、あくまでも私の主観でしかありませんが、決して幸せそうには見えない方が多いように思います。主観ですけどね。あとお金の使い方なんて人それぞれではありますが。

私には税の師匠がいるんですが、師匠は「下手に節税するより、子供が生きていける力を得るために使ってしまえ」というのが口癖です。私もそっちの考えの方が好きです。働いて価値を生み出せる力の方が、働かなくても生きていける資産よりも「いつか無くなるかもしれない」というおびえから解放される確率が高くなると思うんだよなぁ。

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